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2008年11月24日 (月)

花火の夜の物語 30

花火の夜の物語 29からつづく  
 誰もいなくなった休憩室で僕は考えました。
最も避けなければならないのは、気まずい沈黙です。

 そこで新メニューの説明ビデオをデッキにセットして、先頭に巻き戻しました。
そしてテーブルの上には新メニューの資料やらマニュアルやらを広げました。

 彼らが上がってきた時にこのビデオをスタートさせれば、少なくとも無音の休憩室にはなりません。
ビデオは30分あるので、S君が出勤してきてキッチンに行くまでの間は十分持ちます

 店の方から「お先に失礼しまーす」という明るい声が聞こえてきました。
Yさんです。
僕はリモコンの再生ボタンを押しました。

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 Yさんは右手にエプロン、左手に氷と水の入ったグラスを3個持って休憩室に入ってきました。

 Yさんはエプロンをイスの背に掛けると「店長、お水どうぞ」と、にっこり笑って僕の前にグラスを置きました。
サービススマイルを採点するなら、文句なく100点です。

 さすがは僕が、高1の頃から手塩にかけて育てたウェイトレスだと悦に入っていると、「あー、疲れた!」という声が響いてきました。
その声の後ろからK君が、首から抜き取ったスカーフを、ぐるぐる回しながら休憩室に入ってきました。

「店長、暇だったんでオーブンの裏を掃除しておきましたから。あー熱かった。夏にやる仕事じゃないですね。汗だくですよ」
K君はユニフォームの首元を、ぱたぱたさせて涼み始めました。
汗を含んだユニフォームが、濡れた音をたてていました。

 Yさんはそれを見て、ちょっと眉をひそめましたが、すぐに笑顔に戻ってグラスの一つをK君の前に置きました。
「K君、ごくろうさま。はい、お水」
「ちぇいーす」
K君は手刀を切ってグラスをつかむと、中身を一気に飲んでしまいました。
そしてこれだけでは、とても足りないという顔をしました。

 その様子を見たYさんは、すっと立ち上がると「今日はK君がんばったから、特別にもう一杯お水を持ってきてあげる」と入ってホールの方に戻っていきました。

 僕はYさんの後ろ姿に視線をやっていましたが、ふと気づいてK君の方を見ると、その横顔には心なしか寂しさが浮かんで入るような気がしました。

 Yさんはすぐに戻ってきて、「特別大サービス」といいながら、コツンと乾いた音をたててグラスをテーブルに置きました。

 K君は二杯目も、半分以上一気に飲み干してしまいました。
「うまい。ただの水でもこんなにおいしいなんて」
K君は首筋にたれた水滴を、スカーフでぬぐうと僕の方に向き直りました。

「ところで店長。オーブンの裏から何が出てきたと思います?」

 31につづく
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