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2007年6月18日 (月)

蕎麦と将軍

「そばでも、食べに行く?」
「えっ、おごってくれるんですか?」
僕が声をかけると、大学生アルバイトの谷口君は速攻で返事を返してきました。
梅雨の合間の、よく晴れ上がった日でした。
数年前、僕がC市にある店に勤務していた頃の話です。

 その頃僕には気になっているお店がありました。
僕の店から 1.5kmほど離れたところを、「Q街道」という江戸時代からの旧道が走っているのですが、その店はその道沿いにあります。
何でも「Q街道」は、将軍が鷹狩りに行くために造られたらしいのですが、ある特徴があります。
それは、道が一直線に造られていることです。
特に店の近くでは本当にまっすぐの区間が、8kmぐらいあります。
これは当時の街道としては、

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非常に珍しいことだそうです。

 江戸時代のことですから自然に従い、通しやすいところに道を造るのが普通だったと思います。
しかし「Q街道」は、道幅3間の両側には松が植えられ、小川があれば橋を架け、谷があれば土手を切り開き、ひたすらまっすぐに造られています。
曲がりくねった見通しの利かない道では、将軍の護衛上問題があるためだそうです。
鷹狩りという趣味と己の安全のために、道までつくってしまうとは、当時の将軍家の権勢がいかに強かったかがわかります。

 現在では舗装されており、歴史を知らなければそんな由来があることはうかがい知れません。
市内から道を東に向かって走っていくと、左右に新興住宅地が開けてきます。
その北側には大学のキャンパスもあります。
ちょうど大学へと向かう道との交差点を過ぎると景色が一変します。

 急に周りを森にかこまれてしまいます。
森といっても宅地と宅地の間に残されたものですが、そのあたりでは道の左右に、1kmほど残されているのです。
もともと幅の広い道ではないので、一部分では左右からの木々がトンネルのようになり、昼間でも日差しが遮られています。

 真夏でもそこだけ、ひんやりとした空気に包まれているような気がしました。

 「H月」という蕎麦屋はちょうどその辺りの森に囲まれた道沿いにあります。
生け垣に囲まれた、古い民家のような店のたたずまいは風情がありました。
「何で、こんな所にお蕎麦屋があるんだろう?」
毎日のように通る道だったので、僕は以前から気になっていたのです。

 10分ほど車を走らせ、僕と谷口君は 「H月」の前に着きました。
「ここですか? おすすめの蕎麦屋って」
「そうだけど、来るのは初めてなんだよ」
「じゃ、なんでおすすめなんですか」
「勘!」
「えぇーー」
「おごってもらうのに、文句を言わない」
毎日カップラーメンを食べている谷口君に、蕎麦の味をとやかく言う資格はありません。

 民芸調の内装が施された店内に入り、テーブル席に僕たちは座りました。
二人とも「せいろ」を注文しました。

「静かだなあ」
「そうですよね。ちょっと車で走っただけなのに……」
蕎麦はすぐに、運ばれてきました。

 めんは手打ちの中細で、のどごしが良かったのを覚えています。
「うまいね」
「はい」
ボキャブラリーが貧困なのが情けないですが、蕎麦の味にうんちくを語っても仕方ないような気がします。
「来て良かったなあ」
「何となく、活力が湧いてきたような感じがします」

 実をいうと今となっては「H月」の蕎麦の味についての記憶は、すっかり薄らいでいます。
しかし、薬味とワサビの鮮烈な香りと、のどの奥に滑り込むような麺ののどごしは覚えています。
そして。「おいしい蕎麦を食べた」という思いだけが残っています。

 僕は味というものは、あまり記憶に残らないように思います。
料理は文化ですから、それを細分化して味わい記憶に残すには学習が必要です。
匂いや、食感は人間がまだ動物だった頃からの感覚ですから、よりダイレクトに脳の奥深くに刻まれます。
しかし「味わう」には、学習が必要です。

 だから一部のプロは別として、普通の人は味に対して表現することばを、あてはめることができないのです。
味は、むしろ時間や空間、その場の状況や精神状態と結びつけられて残るのではないでしょうか。

ですから、僕に言えるのはこれだけです。

「ある晴れた日に、谷口君と蕎麦を食べて元気になった」
だから、あそこの蕎麦はうまかった。

お伝えできるのは、これだけなのです。
しかし、だからこそ間違いはないと思います。
今でもきっと「H月」に行けば、おいしい蕎麦が食べられます。
                                      (0353713,1401210)

PS
個人情報に繋がるので地名や店名は伏せています。
もし詳しく知りたい方がいらっしゃれば、メールをいただければお知らせします。
                              eagle123@wind.nifty.jp

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