« ワンコイン・ボールペン 1 | トップページ | Cold medicine »

2007年2月19日 (月)

ワンコイン・ボールペン 2

彼女の席は、見通しのいい所にあるので僕の立っているところからでも、様子をうかがうことができました。

彼女はマッチを摺ると、灰皿の上で何かに火をつけようとしていました。
火をつけようとしているものは、よほど細いらしくその距離からでは何だか分かりませんでした。
何に火をつけようとしているのだろう?
いや、火をつけようとしているにしてはおかしい。

彼女は、左手に持ったマッチに右手を近づけたり遠ざけたりしていました。
あれは火をつけようとしているのではなく、何かをあぶっているんだ。
僕がそう思ったとき、ふいに彼女が目を上げました。

僕は彼女とまともに視線を合わせることになり、あわてました。
彼女は、ふたたび軽い会釈をすると次のマッチを手に取りました。

人気blogランキングへ


僕はようやく彼女の右手に握られているのが、ボールペンの芯であることに気がつきました。
おそらく、インクが出なくなったボールペンの芯を暖めて、復活させようとしているに違いありません。

勉強を続けるのに、ボールペンがないと困るのでしょう。
僕自身も、受験生のころはボールペンを使って勉強していました。
軽い力で書けるので、手首に負担がかからないからです。
そこまで分かってしまっては、だまって見ているわけにもいきません。
僕は、彼女の席に近づきました。

「あの、やっぱり火をつけるのは危ないですか?」
僕が近づいてきたのに気づき、注意しに来たのだと思ったようです。
「いえ、そうではありません。ただ、今のボールペンは温めても書けるようにはならないことが多いですよ」
「そうですか。何とか今日だけでも、もてばと思ったんですけれど」
彼女は残念そうでした。
まだ勉強を続けたいと思っていたようです。

こちらもサービス業です。
過剰な対応はしませんが、このくらいはよくあることです。
「よろしければ、こちらをお使いください」
僕は自分のボールペンを差し出しました。

僕は普段、最低でも2本のペンを胸ポケットにさしています。
このようなときにボールペンを貸してくれるようにお客さんから頼まれることが結構あります。
そのようなときにペンが1本しかないと、貸してしまうと自分が困ってしまうからです。

赤、黒のボールペンに、シャーペンがセットになった物が1本。
普通のノック式の黒ボールペンが1本です。
書き味にはこだわりがあるので、自分なりに選んだ品物です。
値段はごく普通のものですが。

お客さんに貸し出したペンの行方ですが、たいていは無造作に客席の上に放り出されています。
10人に二人ぐらいは、使い終わった後返しに来てくれます。
そして一人か二人は、そのままもって帰ってしまいます。

彼女は「ありがとうございます」と言ってペンを受け取りました。

その後、僕は休憩から帰った遠山さんと交代してバックに戻りました。
しばらくして遠山さんが、「お客さんが店長に話があると言っています」と伝えに来ました。
店長としては不吉な言葉です。
そういう時は、たいてい苦情だからです。

しかし、そのときは違いました。
呼んでいたのは、さっきペンを貸した女の人でした。
彼女の手には、入り口近くで売られているキャラクター物のボールペンが握られていました。

「ペンを貸していただいてありがとうございました。すごく助かりました」
そういうと彼女は手に持ったペンをレジに差し出しました。
「ボールペンですけれど、かなり使ってしまったんです。ですから、もしよろしければこのボールペンを買いますので、代わりに受け取ってもらえませんか?」

彼女がレジに持ってきたペンは、店頭のおもちゃコーナーに置かれているものです。
かわいい外見の割りに使いづらく、書き味もよくありません。
それに、僕が貸したペンの5倍ぐらいの値段がします。

僕は受け取るわけにはいきません。
まして、彼女が代わりに差し出そうとしているのは、うちの商品です。
僕は丁寧に辞退しました。
黙って持って帰る人もいるというのに、律儀な人だと思いました。

その後少しだけ仕事をして、僕は帰ることにしました。
書類や作りかけのスケジュールファイルを鞄に入れて帰り支度を済ませました。

フロアに出ると遠山さんが、首を傾げながら手に持った灰皿を見ていました。
「どうしたの?」
「いえ、さっき帰ったお客さんの席なんですけど、灰皿があったんですよ。あの席は禁煙席なんですけど・・・」
僕がボールペンを貸した女の人だと思いました。

「タバコを吸うためにどこからか持ってきたのかと思ったんですけど、おかしいんですよ」
「なにが、おかしいの」
「灰皿を使った様子がないんですよ。吸殻も入っていないし、汚れてもいません」
おかしいな、少なくともマッチの燃えさしはあるはずなんだがと僕は思いました。

「それに・・・」
遠山さんが何かを言いかけました。
「うん」
「灰皿の中にコインが入っていたんですよ」

僕がのぞきこむと、まるで洗ったようにきれいな灰皿にコインが一枚入っていました。
「どういうことでしょうかね、こんなところに忘れるのも変だし」
遠山さんはまだ首をひねっていました。

僕はポケットの中を探りました。
そして一枚のコインを見つけました。
僕は灰皿の中のコインをつまんで自分のポケットにいれ、もう一枚のポケットから取り出したコインをレジの横にある募金箱の中に入れました。

僕の行動を遠山さんは不思議そうにながめていました。

「もしあのお客さんが、コインを取りに来たらレジから立て替えてお返ししておいてよ。その時はあらためて僕が募金のお金を出したことにするから」
「はあ」
遠山さんは、どういうことだかよく分かっていないようでしたが、僕に向かってうなずきました。

はたして、あのコインは忘れていったものなのか、置いていったものなのか。それはわかりません。

その後深夜まで店にいることはしばらくありませんでしたから、僕には本当のところはわかりません。

遠山さんによると、それ以来彼女が店に来ることはなかったそうです。
理由はわかりません。
しかし僕は、彼女が目的を達成して、ここに来る必要がなくなったのだと思うことにしています。

 過去ログのインデックスへ
 カテゴリ別のインデックスへ
 TOPページへ


|

« ワンコイン・ボールペン 1 | トップページ | Cold medicine »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/179348/13980740

この記事へのトラックバック一覧です: ワンコイン・ボールペン 2:

« ワンコイン・ボールペン 1 | トップページ | Cold medicine »