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2007年2月 1日 (木)

カテーテル・アブレーション日記 PART 17 そして夏が来る

PART 1 から読むにはこちらへ

信号待ちで一瞬とはいえ眠ってしまうなんて経験がありませんでした。
とにかく家まで無事にたどり着くことを考え、止まるたびにサイドブレーキを引くことにしました。
通勤時間は夜でしたから30分ほどです。
その後は緊張のせいか、そのようなことは起こりませんでした。
軽い食事を取ってその日は眠りました。

翌朝僕は、携帯の目覚まし音で目を覚ましました。
いつもは携帯が鳴る直前に自然と起きるのですが、その日はそうではありませんでした。
勤務は12時からで、昨日と同じでした。
薬の効果は高く、特に動悸がすることはありませんでした。
無理矢理心臓を抑えているような違和感は相変わらずでした。
しかし今までより、楽なのは間違いありません。

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多少眠くなるようですが、通勤時の運転に気をつければ何とかなると思いました。
すぐに入院することは避けられそうなので、今後の計画を考えました。
先生の話ではたとえ手術を受けるとしても、1週間ほどの入院ですみそうでした。
しかし、あらゆる可能性を考えなくてはなりません。
僕は手術を夏休み後に受けることを念頭に置き、自分の店長としての業務を確認し、早急にやらなければならない事項のリストを作りました。

リストは20項目近くになりましたが大事なのは以下の3点でした。

1 春に抜けたホールのリーダー3人(伊達、増井、仙道)の代わりの人材育成。
2 深夜キッチンのリーダー育成
3 新入社員の受け入れ体制

もともと春に異動がある可能性を考えていたので、それを踏まえた人材計画を去年は立てていました。
一年前にはこう考えていました。

ホールに関しては大学生2名、高校生1名のリーダーが春に抜けるとはいえ、スーパー・アルバイターの八木響子がいます。
既存メンバーの育成も大事ですが、人員の補充を第一に考えようと思いました。
あまり、前任店長の色の付いた店は望ましくないと思いました。

リーダー4人体制で運営した去年は(05年)安心して店が回せました。
4人いる社員のうち1人は、週に4日他店の応援に出していました。
しかしその時に僕が異動していたら、後に来る人間はやりにくかったと思います。
前任店長の生え抜きのリーダーが4人もいる店なんて、僕だったらいやです。
ホールのリーダーは八木さん一人を残し、後は後任店長のやりたいようにやってもらった方がいいと思いました。
八木も最近楽をしているようだし、ここらでリーダー教育でもやらせて苦労してもらおう。
そう思いました。
結局、八木さんと僕が苦労することになったのですが・・・
こんなことなら、もう一度僕の色に染め直しておけばよかった。
しかし、後の祭りです。

深夜のキッチンは、春に就職した会社を辞めて出戻ってきた皆藤君を育てるつもりでした。
もともと自分が見込んで、高校の3年間みっちり仕込んだ人間なので話は早いと思いました。
研修の終わった新入社員が1名配属されるのと入れ替わりに、キッチンから社員を1名抜く予定になっていました。
皆藤君を、その代わりにすればうまくいく。
高校を卒業した皆藤君は深夜も働けるようになったし、本人もそれを望んでいます。
春に異動がなかったので、再び店を作ることに僕は熱中していました。

本当はこんな余計なことは考えずに、一歩一歩店をレベルアップしていければ会社のためなのですが、なかなかうまくいきません。
3、4年で店長が代わるたびに店を作り直すなんて効率が悪いと思います。
いかにマニュアルが優れていても、覚える気のない人間、教える気のない人間に使われれば、その結果は自己満足です。

良くも悪くも、ファミレスはやはり「店長」のものなのです。
SVが何と言おうと部長が来ようと、どうにもならないことがあります。
このことを何とかできない限り、ある一定以上の店舗数になると末端が崩れてくると僕は思っています。
ナショナルチェーンの威光で集客するには限度があります。

皆さんの近くに、何となく居心地のよいファミレスがあるでしょうか。
あったとしたら、それはその店の店長の能力でしょう。

あるいは店長の役割を乗っ取って店を仕切っているリーダーの努力の結果です。

PS
今回で、病気に関する話を中心に書くのはやめにします。
ファミレスの話を書くために始めたブログですから・・・
ちょっと話が脇にそれました。
もちろん、手術の話や予後については書いていきます。

次回からは第2部として、発作、入院、手術、そして退院と目まぐるしかった夏の話を書きます。
入院中の店の運営、SVの助力。
アルバイトさん達の応援。
会社組織の一員としての、葛藤。

そんなことを書いていきます。
僕の行動は、100点とは言えないけれども、自分ではかなりがんばったと思っています。

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コメント

今日は、今年還暦を迎えましたオジサンです、
文章をさかのぼって読ませていただきました、すごい記憶力、
表現力で感心しました、

私も昨年ごろ胸に違和感を感じ、循環器科で受診しましたら
期外収縮という不整脈と診断されました、

不整脈の人は多いですね、昔から多かったのか、最近の傾向
なのかよくわかりませんが、けっこうメジャーな感じをうけます。

カテーテルアブレーションの技術もすごいとおもいます、たかだか
15年から20年くらいの歴史らしいですが、この技術の恩恵を
受けて完治された方も多いと思います。


是非、後半も読ませてください、同じ目線から書かれた日記は、
記録といえるほど貴重だと思います。

投稿: とーちゃん | 2007年5月22日 (火) 10:10

 とーちゃんさん。
コメントありがとうございます。

 遡って読んでいただいたようで、うれしく思います。
カテーテルアブレーション日記についてですが、書いている間は脱線ばかりでした。
そのため、いっこうに話が進まず17回を費やしても未だ手術を受けるところまで到達しておりません。
当時の文章は多分に感傷的になっているところがあり、今読み返してみると恥ずかしいです。

 本番は会社を急に休まなければならなくなってからなのですが、書き続けるには、なかなかエネルギーを必要とします。
ブログのために書いた記事ではありますが、自分自身のための記録の意味合いもあります。
ですから必ず完結させようと思っています。

 もう一つの「スーパーアルバイター」の方もすでに PART41 を迎え、こちらもいい加減何とかしなければなりません。
しかしこちらも、話の中盤を終わったところぐらいです。
個人のブログでこんなに長く一つのテーマに時間がかかってしまうのは、どうかと思うのですが仕方がありません。

 去年の夏以来、中断したり再開したりの繰り返しなので読んでくださる方も、それ以前と比べると半分ぐらいになってしまいましたが、来訪者がいる限りは続けようと思っています。

投稿: ばーど | 2007年5月24日 (木) 00:28

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