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2006年7月28日 (金)

炎のフライヤー

「大変です、店長! すぐ来てください!」
アルバイトの高校生が店長室に駈け込んできます。
ファミレス(ファミリーレストラン)の店長は、いろいろ事務的な仕事もあるので、一日中ホールにいるわけではありません。
ピークタイムが終わり、アイドルタイムになると、その場を任せられる人間に、仕事や休憩回しなどの指示をして、バックに下がります。
そういう時に、彼らで処理できないような緊急事態が起こると、誰かが店長室に助けを呼びに来ます。
僕が自分のノートパソコンで、提出書類を作成しているときに、その事件は起こりました。

「どうした?」
たとえ相手が顔面蒼白であったとしても、僕は努めて平静な顔を装うようにしています(あくまで装うだけですが・・・)
「店長、キッチンでフライヤーが火を噴いています」
これは、最大級の緊急事態です。
僕は店長室を飛び出しました。

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フライヤーというのは、揚げ物を造る器具で電気で油を加熱しています。
フライヤーの中には、白絞油が8Lぐらい入っています。
油の温度を一定に保つようにフライヤーは調整されていますが、それが自然発火したとすれば、350度以上に加熱されたということです。
自体は一刻を争います。
キッチンに到着すると、2台あるフライヤーの内一つから、バチバチとものすごい音をたてながら、まるで火山の噴火のように油が天井まで吹き上げています。
キッチンの奥にいる従業員は逃げたいのですが、そのためにはフライヤーの前を通らなければなりません。
それは、無理なのでキッチンの一番奥の方に身を寄せていました。
僕は、そのフライヤーをみてすぐに気づきました。
これは火事というよりも・・・
そこに、リーダーの高梨さんが消化器を持って走ってきました。
みるとすでに安全弁をはずしています。
「待て!、消化器を使うんじゃない!」
僕は叫びました。

「消化器を使っちゃだめだ、これは火事じゃない。新聞紙を持ってきて」
僕は高梨さんに言いました。
「えっ、新聞紙ですか? どうするんですか?」
高梨さんは聞き返してきましたがそれには答えず、誰もフライヤーに近づかないように指示すると、僕は配電盤に向かいました。
配電盤は、裏の出入り口近くにあるので少し離れています。
配電盤の扉を開けるとずらりと並んだブレーカーの中から、フライヤーに繋がる2カ所をオフにしました。
帰り際に清掃用具入れの中から軍手を取りだし、手に付けます。
キッチンに戻ると高梨さんが新聞を持って立っていました。
フライヤーからは相変わらず油が猛然と、天井に向けて吹き上げています。
すでに周りの床は、油だらけになっていて滑りやすく危険な状態です。
僕は新聞を広げると、闘牛士の持つカポテのようにしてフライヤーに近づきました。
正面からの油は新聞紙のカポテで防げますか、一反天井に当たったものが頭上から降ってきます。
僕はフライヤーの前まで来ると、持っていた新聞をそのまま上から被せました。
「店長、危ない、燃えちゃいますよ」
高梨さんが叫びます。
「大丈夫、すぐ収まるから」
僕はそう言うと、さらに別の新聞を上から被せました。
新聞は、フライヤーから吹き上げる油が染みて、見る見る透明になっていきました。
その後数分油は吹き上げましたが、やがて勢いを弱めて静かになりました。
完全に油が沈静化したのを確かめてから、僕は新聞を取り払いました。
フライヤーの油は半分以上が無くなっていました。
上から降ってきた油をかなり浴びてしまったので、僕は床の油をすぐに清掃するように指示して、洗い場の方に向かいました。
濡れタオルで油を拭き取っていると、リーダーの高梨さんがやってきました。
「店長、あれは何だったんですか?」
「みんな、あわてていたからフライヤーが火事になったと思ったんだろうけど、あれは違うよ。確かに、油はものすごい勢いで吹き上げていたけど火は見えなかっただろう」
「確かに、そうですけど」
「あれは、水が原因だよ」
「水ですか?」
高梨さんは、不思議そうに首を傾げました。
「まだ、よく確かめていないけれど、たぶん掃除に使う目的か何かで容器に入った水を誰かがオーブンの上に置き忘れたんだと思う」
フライヤーの横には、オーブンがあります。
キッチンの天井近くには吸気口があって、そこには油分を取り除くフィルターがあります。
そのあたりは特に油汚れがたまりやすいので、毎日清掃するように深夜のキッチン担当に指示をしていました。
おそらくそのときに清掃に使った容器をオーブンの上に置き忘れたのだと思います。
それが、オーブンを開け閉めするときの振動で、少しずつ移動していき、ついに端まで到達して落下したのです。
160度に熱せられた油の中に落ちた水は一瞬にして蒸発して水蒸気になりました。
水は水蒸気になって一気に体積が爆発的に膨張し、その勢いで油が吹き上げたのです。
そして、フライヤーの中に入った水がすべて水蒸気になるまで、それは続きました。
「でも、店長よく新聞が燃えませんでしたね」
「油が自然発火したのなら、温度は350度以上になっているはずだから紙は燃えたかもしれない。でも、そうでなければフライヤーの温度設定は160度だから、紙は燃えないよ」
「そうだったんですか」
高梨さんは、やっと納得した様子で言いました。
「あわてて消火器を使わなくてよかったです」
たしかに、あの時消火器を使っていればフライヤー周りは、薬剤で泡まみれになってしまい、数時間営業を停止せざるを得なかったと思います。
その場にあった食材にも、薬剤は降りかかるのですべて破棄しなければならなくなります。
被害は大きいものになります。
不幸中の幸いでした。
とはいえ、今回は大事には至りませんでしたが、あの時油をまともに浴びたものがいれば火傷は免れなかったでしょう。
あらためて僕はキッチン内に不要なものを持ち込まないように指示を出しました。

しかし、火事でなくて幸いでした。
店長になるのに必要な資格に、調理師の他に防火管理者というのがあります。
2日間ほど講習を受ければもらえる資格なのですが、管理者という名前が示しているとおり火災を起こさないように管理する義務があります。
防火管理者の資格を得て、店舗の防火管理者になると(うちの場合店長は必ずなる)消防署に防火管理計画という書面を提出します。
その後適切に管理を行わないで注意義務を怠り、火災を起こすと責任を問われます。
2001年10月29日に新宿歌舞伎町の雑居ビルで起きた火災では、防火管理者が逮捕されています。
容疑は「業務上過失致死」です。
逮捕された容疑者は、ビルの出火階の防火管理者を務めていながら、消防設備の管理・点検や客の避難誘導など火災に対する注意義務を怠り、2人を死亡させた疑いが持たれたということです。
うちの会社の場合、設備点検等も定期的に実施していますので、管理上の怠慢等を問われることはないと思いますが、いずれにしても責任はあるわけです。
火災は、食中毒と並び、店長として絶対に起こしてはならない事故なのです。

僕は、店長室に戻って自分のノートパソコンに向かいました。
すると、画面が暗いです。
あれ、ディスプレイの省電力設定をしてしてあったかな?
僕の、パソコンはバッテリーがへたっていたので、AC電源につないで作業をしていたのですが、まさか・・・
僕は、キーを叩いてみました。
パソコンに変化はありません。
過去数時間の労力の成果であるデータのことを考えて、背筋がぞわぞわとするのを感じました。
僕は、ゆっくりとACアダプタから伸びたコードを手繰ってみました。
すると、それは何の抵抗もなくするすると手繰ることができました。
コンセントに挿したプラグが抜けていたのは言うまでもありません。
おそらくあわてて新聞紙を取りに行った高梨さんが、コードを引っ掛けたのだと思われます。
かくして、キッチンは大事に至りませんでしたが、僕のその日の仕事は振り出しに戻ったのでした・・・

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