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2006年6月26日 (月)

ハンドパワーで、サービスを!

ファミレスというところは、人の入れ替わりが頻繁にあります。
ですから、常にアルバイトの募集をかけて採用活動をしています。
昔のように、余裕を持った人員を抱えておくことはできないので、常に補充の必要性があります。
採用と、教育の繰り返しです。
ですから店には、新人さんが常に在席しています。
彼らに最初に教えるのは、今は技術的にはトレイの持ち方です。
もちろん挨拶とか接客用語とかは、ホールに出す前に座学で教えます。
これは、うちのチェーンが基本的にハンドサービスを止めて、トレイサービスになった時からです。
そうなる前は大変でした。
料理の載った皿を、左手に3枚持てるようになるまでは一人前と見てもらえませんでした。
これができると、左手に3枚、右手に1枚、合計4つの料理を一度に運べます。
二人分の料理と、ライスを一度に運べるわけです。
できないと、同じことをするのに2往復しなければなりません。
新人は、まずこれができるようになるまでに苦労します。
手の大きい人間は比較的早くできるようになるのですが、そうでない人はコツをつかむまで大変です。
ある日の夕方、次月の人件費予算を立てていると、裏でガチャンという音がしました。
しばらくすると、新人ウェイトレスの桜井さんが店長室のドアをノックしました。
「店長、すみません。皿を割ってしまいました」
「何をしていたのかな?」
「皿を左手に3枚持つ練習をしていたんです。うまく持てたと思ったら、バランスを崩しちゃって、それを落とすまいとしたら左手に持てたのも右手に持ってたのも全部落としちゃいました」
と言うことは、4枚の皿が割れたわけだ。
そう思った僕は、これ以上皿を割られては困ると思い、言いました。
「桜井さん、コツをつかめば簡単だから教えてあげるよ」
そういうと、

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僕は新しい皿を用意しました。

 注1)この後数十行は、ハンドサービスに興味のない人には退屈なので、注2の所まで、すっ飛ばしてください。

基本的には皿の縁と、高台(皿などがテーブルに接する丸い部分のこと)を、うまく使ってバランスを取ることで片手に3枚の皿を持ちます。
まず1枚目の皿は自分から見て、皿の右側の裏面にある高台の内側に左手人差し指を滑り込ませます。
そして皿の上側から親指を添えて、上下から軽く挟むように持ちます。
左腕を中心に見れば、皿の大部分を外側に出した状態です。
必要以上に強く力を入れず、しかし、しっかりと支えます。
あまり、うまい例えではないかもしれませんが、マジシャンがトランプを配る時、親指と人差し指で挟んだカードを外側に滑るように投げますよね。
そのカードを離す直前の感じです。
2枚目の皿は1枚目に重なり合うように下側に差し入れます。
その時皿の縁を、1枚目の皿の、ちょうど人差し指があるあたりの高台の外側にあてます。
そうすると皿の縁を高台が支えるような形になり、それ以上内側に重なり合うことはありません。
1枚目の皿さえしっかり挟んでいれば、2枚目の皿は横方向には動かなくなります。
後は薬指と小指で、下から2枚目の皿を支えて上下を固定します。
中指は予備のような感じです。
薬指と小指の力加減で2枚の皿の水平を調整します。
これができないと、粘度の低いソースは皿からこぼれてしまいます。
最近の料理は、この粘度の低いさらさらのソースを使ったものが増えたこともハンドサービスを止めてしまった理由の1つです。

ここまでは比較的簡単にできます。
問題は3枚目です。
すでに、5本の指は使ってしまっています。
ですから3枚目の皿は、2枚目の皿と腕の上に載せるだけです。
左手の手首をやや内側に曲げて、2枚目の皿の縁と、左手の手首と肘の真ん中より少し肘側の2点で支えます。
3枚目の皿の下の高台部分に、2枚目の皿の縁を当てるようにします。
そうすると、3枚目の皿は2枚目の皿の上に、それ以上被さってしまうことは有りません。
3枚目の皿を腕に当てる位置ですが、これは必ず皿の中心より外側で支えます。
これが逆になると、皿は体の外側に向かってひっくり返ります。
5本の指の微妙な力加減と、手首の角度でバランスを取るわけです。
肘の曲がり角も、全体の水平を保つ為には重要です。
上腕は、体にぴったり付けてしまうと、歩く時の体の振動を皿に伝えてしまうので、やや開き気味にして肘は体から離します。
とまあ、文章で書くと複雑ですが勘をつかめば無意識のうちに皿はぴたりと位置が決まります。

桜井さんの持ち方を見て僕はすぐに彼女の欠点がわかりました。
1枚目の皿を持つ時に力が入りすぎているのです。
しっかり握ろうと指を半分曲げた状態で、手のひらが垂直に立った状態で1枚目を持っています。
これでは、これでは薬指と小指が縮まってしまい2枚目の皿の中心方向に指を伸ばせません。
2枚目が安定しないので、それを補う為に更に力が入ります。
僕は桜井さんに、まず手の平を水平にして5本の指をできるだけ広げるように言いました。
その状態で指を広げたまま1枚目の皿を人差し指の上に乗せます。親指を、手の平の水平をくずさないように保ったまま、皿の上側に回して挟み込みます。
この間他の指は大きく広げたままです。
この状態だと、薬指と小指が大きく伸びており、手の平も水平になっているので、2枚目を載せても安定します。
そこから今度は手首を、手の平の水平を保ったままで体の内側に向けて曲げます。
これは、手首を前後に動かす普通の動きではなく、真横に曲げるような感じなので普段あまり使わない筋肉を使います。
慣れないと少々きついです。
この手首の曲げ方で、3枚目のバランスを取ります。
しかし一番重要なのは、1枚目の皿の持ち方です。
ここで、うまく型が取れていないと後がうまくいきません。
慣れれば、さらに左手の中指で4枚目の皿を持つことができます。右手でも、2枚持つことは可能です。
最大、6枚まで一度に運べるわけです。
危険があるので、めったに使いませんけど・・・
うちの会社の悪いところで、ハンドサービスを採用していた頃は、何が何でも手で運べと言われていました。
トレイサービスに変わったら、今度は一切手で料理を運んではいけないと、180度方針が変わってしまいました。
臨機応変にやればいいと思うんですけど・・・
そんなわけで今でも僕は、アルバイトにハンドサービスを教えています。

 注2)ここまでで、長い説明終わりです・・・

一通り説明すると僕は、桜井さんの持ち方を修正して行きました。
10分ぐらい桜井さんは、悪戦苦闘しましたがついに3枚の皿を持つことに成功しました。
「じゃあ桜井さん、右手は皿なしのままでいいから、ちょっと歩いてみてごらん」
「え、だいじょうぶですかね」
「手首の角度さえ気をつければ、だいじょうぶだよ。固定されていないのは、3枚目だけだから」
桜井さんは、ゆっくりと歩き出しました。
「店長、だいじょうぶです。何とか歩けます」
「よかった、よかった、これで慣れれば料理の載った皿も持てるようになるよ」
「そうですか、やったぁ!」
桜井さんは、右手でガッツポーズを取りました。
あっと思ったのも手遅れで、桜井さんの振り下ろした右手の振動は肩を通過して左手にまで伝わりました。
次の瞬間には、左手の三枚目の皿が滑り落ちました。
そのことに驚いた桜井さんは、せっかく習得した左手指の感覚を忘れて、バランスを崩してしまいました。
かくして、ここに新たに3枚の皿の残骸が積み上げられました。
「店長、すみません」
桜井さんが申し訳なさそうに言います。
「だいじょうぶ、問題なし! それより今の感覚を忘れないようにね」
「はい、わかりました」
そう言って桜井さんは、ほうきとちり取りを取りに行きました。
ああ、でもあの皿。1枚1000円近くするんだよな、
この30分で7枚か・・・
やれやれ、将来に投資するつもりで、あきらめるか。
がんばれよ桜井君!

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