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2006年5月28日 (日)

生樽ロシアンルーレット

今日は長沢店長のお話はお休みします。

ロシアンルーレットなどと物騒な題名をつけましたが、怖い話ではありません。

僕たちの仕事は、お客様が入客されることによって発生するのですが、何事も準備が大切です。
生活習慣の多様化でお客様の食事の時間も特定の時間帯に集中することは少なくなってきましたが、それでもランチタイムの12時から13時過ぎまでの間はピークとなります。
それまでに、準備を整えて足りないものは補充をしておかないと、ピークの真っ最中に、バックヤードまで何かを取りに行かなければならなくなります。
しかし、中には無くなった時の予備を補充できないものもあります。
たとえば、生ビールの樽です。
これが、重いんですね。

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生ビールは、メーカーから送られてきた樽に炭酸ガスのボンベをつなぎ、適切な圧力で押し出しながらビールサーバーに送られます。
生ビールサーバーの中には、冷水が満たされていて、その中に作られた細い銅製のパイプの中を通りながら、ビールは冷やされていきます。
ガスの圧力や、冷水の温度が適切に管理されていないと、おいしい生ビールは提供できません。
ところで、この生ビールの樽ですが、直径が40センチほどで材質はアルミです。
容量は15リットルなのですが、容器の重さと中身の重さを合わせて、20キロを超えます。
これは、高校生の女子にとってはかなり負担になると思います。
予備の生樽は、バックヤードの大きな冷蔵庫に保管されています。
ホールの方に、予備をストックできるような冷蔵庫があればいいのですが、あいにく当店にはありません。
となると、生ビールが切れた時にバックまで取りに行くしかないのです。
たとえどんなにピークの最中だとしても・・・

ある日曜日、ランチタイムがようやく半分過ぎようとしていた頃のことです。
気温のせいか、生ビールがよく出ていました。
生ビールは客単価を上げるのに有効なため、おすすめするようにとの指示を、僕は出していました。
おかしなことに僕は気づきました。
5人いたウェイトレスたちが、生ビールのオーダーを取り、ジョッキに注ぎ終わるたびに、小さくガッツポーズをしているのです。
ちょうどその時も、注ぎ終わった相原さんが、
「よし!」と、小さくつぶやいてビールを客席に運んでいきました。
僕にはすぐに理由が分かりました。
今ボンベにつながっている樽の残量が少ないのです。
ウェイトレスたちも、そろそろ切れる頃だと分かっているのです。
うちの店では、生ビールが切れると、運悪くその時に当たったものが裏から樽を補充してくることになっていました。
彼女たちは、自分にそのそんな役が廻ってこないように願いながら、生ビールを注ぎ、無事に一杯を注ぎ終わるとガッツポーズをしていたのです。
これが、生樽ロシアンルーレットです。
当たったものに与えられる制裁は、20キロの生樽運びです。
その後も、生ビールは出続けました。
しかし、皆の予想に反して、その生樽は驚異的な粘りを見せました。
とっくに空になってもいいはずなのに、なかなかその時は訪れません。
僕も経緯を見守りながら、多少ドキドキしていました。
さあ、今日一番の不運な子は誰だ?
ちなみに最後の一杯の時ですが、これは注いでいる途中で分かります。
レバーにかかる手応えが、微妙に軽くなるからです。
この微妙な感覚を感じ取って完全に空になる直前で、レバーを戻さないと、やっかいです。
送るべきビールを失った炭酸ガスは、勢いをもてあまして注ぎ口からはじけます。
そうなるとビールを注いでいた、ちょっと不注意な人間はビールの泡だらけになってしまいます。
みんな最初はこのビールのシャワーを浴びて一人前になっていくのです。
そうこうするうち、オーダーを取った相原君が戻ってきました。
心なしか気落ちしたような顔をしていました。
そして、相原君は冷えたジョッキを4個つかみました。
すでに彼女は自分の運命を悟っていました。
1杯目は無事に注ぎ終わりましたが、レバーを戻す時に相原君が微妙な顔をしました。
いよいよか? そう僕は思いました。
その時です、レジの方で、ご案内をやっていた八木さんが相原さんのところに近づいて来ました。
「相原さん、これ8番テーブルのお客様の忘れ物なんだけど」
そう言って、ハンカチを差し出しました。
「今なら、まだ駐車場にいるかもしれないから、持って行ってあげてよ。あなた、そこのオーダー取ったからお客様の顔がわかるでしょ」
「ええ、それは分かりますけど。でも生ビールが・・・」
相原さんは言いました。
「それは、私が持って行ってあげるから急いで。早くしないと車が駐車場を出ちゃうかも」
そう言って、相原さんの手にハンカチを握らせると、八木さんはにっこりと微笑みました。
「でも、そろそろ危ないかもしれないんです・・・」
相原さんがそう言うと、八木さんはさらに言いました。
「大丈夫、まかしといて。だから早く!」
素直に喜ぶわけにも行かない相原さんは、申し訳なさそうに駐車場へ走っていきました。
その直後です。
八木さんが、パンという音とともに悲鳴をあげました。
そちらの方を見ると、八木さんが顔にビールの泡をたくさんつけて立っていました。
八木さんは、その日のメンバーの中でも最も僕が信頼している子だったんですが、何故そんなことになったのか分かりませんでした。
彼女が、生ビールが切れる前の前触れを感じられないはずはないのですが・・・
「八木さん、どうしたの? ビールまみれになっちゃって。もしかして、もうすぐ切れること知らなかったの」
僕は、彼女にペーパータオルを数枚取ってあげました。
「いいえ、分かってはいたんですけど。レバーを倒した瞬間に、ガスが噴き出してきたんです」
八木さんは、髪に付いた泡を拭き取りながら言いました。
どうやら、本当にぎりぎりのところで相原さんは最後の一杯を注ぎ終えたようでした。
そこに替わった八木さんがレバーに触れた瞬間、ビールの切れる感覚を感じるまもなく最後の時が来てしまったようです。
危ういところで難を逃れた相原さんには、この日以来、
〝寸止めの相原〟と言う異名がつきました。
忙しい店ですが日々の仕事の中に、そんなささやかな楽しみを見つけながら、うちの店の従業員たちは、がんばってくれています。
店長としては、そんな彼らに感謝しています。

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